南薩線の思い出


ここでは、神戸市在住のYou−enてっどさんが南薩鉄道情報局に投稿された、南薩線訪問記をご紹介します。
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南薩線との出会い

 小さい頃から地図を見るのが好きでした。
 小学校の3年生ぐらいの時には地図の上で南薩鉄道も島原鉄道の存在も認識していました。
 ですが熊本からの訪問はなかなかかないません。鉄道が好きな父でも乗りに行くだけにはなかなか連れて行ってはくれません。
 熊本と鹿児島の距離約200キロは、当時おいそれとは行ける距離ではなかったのも事実です。
 昭和47/1972年夏から翌年末まで父の仕事の関係で水俣に住む事になりました。
 初めての土地なのか休日のたびに父はバイクの後ろにのせて山野線方面や出水方面に出かけていました。
 昭和48/1973年のゴールデンウィークの一日、開通して間が無い大隅線に乗りに行く事になりました。
 山野線の始発で水俣を出発、吉都線、志布志線を経由して大隅線に入り国分まで乗り通しました。
 国分からは日豊本線で鹿児島駅へ。そこから鹿児島市電で郡元を経由し西駅へ移動しました。(鹿児島市電も初体験でした。)
 結構時間も遅くなっていたので、急行「かいもん」(電車の昼行便)で水俣へ帰ることになりました。
 列車は、最初の停車駅「伊集院」に停車。改札前のホームにキハ301形が一両で止まっています。初めて見る南薩鉄道・鹿児島交通です。
 何時ごろかは忘れましたが、日の落ちたとばりの中で薄暗い黄色い車内灯が点いていたことを鮮明に覚えています。
 「水俣に居る間に乗りにこよう」と思いましたが、水俣を去るのは以外に早くきました。南薩線の訪問もかなわなくなりました。
 南薩線を訪れることができたのは、昭和55/1980年の夏、7年の年月が必要でした。
 4年間の南薩線との付き合いの始まりです。


1980年夏の旅
(いざ南薩線へ/キハ102に揺られて/加世田をめざして/夏草や兵どもの夢の後/加世田の空気)


1981年夏の旅
(1981年の夏/枕崎への鉄路(みち)/南国の空気を感じて/加世田再訪/金峰山を背にして)


1981年冬〜82年正月の旅
(初訪、冬の南薩線/澄んだ冷気の中を/大晦日の南薩線/正月の南薩線)


廃止の報を聞いて
(急遽、南薩線へ/始発列車に乗って/国鉄乗入れ列車を撮る/沿線の様子/1982年の大晦日)


1983年春休みの旅
(春の訪問/東奔西走)


1983年春の旅 追加編
(南薩線への出戻り/南薩の春につかる)


1983年冬〜1984年正月の旅
(豪雨、いらだち、そして・・・/再会へ/日置から加世田へ/1984年元日、日置駅の一日)


廃止前夜の南薩線
(3月13日〜3月16日の記録)


南薩線廃止の日8/31new!
(そして昭和59年3月17日)



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