1983年春休みの旅


春の訪問

 春休みには、もちろん南薩線を訪問することにしていた。
 会社の発表では、3月末までと言っていたが、廃止反対運動や地元の了解が取り付けられておらず廃止の認可申請は行われていないとの情報が入ってきており3月末の廃止の可能性は無くなっており一安心した。
 この年(1983年)の春、九州の鉄道は他にも話題があった。
 福岡地下鉄の延長開業に伴う筑肥線の博多〜姪浜間と虹ノ松原〜東唐津間の廃止と虹ノ松原〜唐津間の開業と姪浜〜西唐津間の電化が3月下旬に予定されていた。
 入り浸っている模型店で知り合った者がこの機会に九州の国鉄の乗りつぶしと廃止が表明されている南薩線訪問をすることになったので時々九州内で落ち合う事にした。
 一足早く帰省して実家での用事を済まし、3月19日に九州入りしくる彼と室木線で落ち合う事にした。
 筑肥線の廃止予定区間を乗ったり九州北部の国鉄線を乗ったりして、3月21日、門司港駅から急行「かいもん」の自由席の客になる。
 車中の客は、ほとんど鉄道ファンであることが雰囲気でわかる。
 しゃべっていることの中にも南薩線のことばも聞こえてくる。
 「我々と同じ行程を組んでいるのかな?」と思ったりする。
 列車はダイヤ通りに走り減光されるとしだいに話をするも者もいなくなり静寂の中をジョイント音と時たま聞こえるホイッスルの音があるだけである。絵に描いたような夜汽車である。
 座席に横になっても深くは眠れず寝たり起きたりを繰り返しながら一夜を過ごし定刻の5時53分に伊集院に到着する。
 南薩線の発車時刻は5時56分である。
 3分もあれば十分乗り換えられるのであるがホームや跨線橋を走ってしまう。
 そして、同じように乗り換える者がたくさんいる。鉄道ファンである。
 キハ102の車内は一気賑やかになった。
 しかし、今日乗っている者は、我々を含めてほとんどの者が鉄道を目当てに乗っているものである。
 年末に乗ったとき、同じように混雑していたのとは、明らかに車内の雰囲気がちがう。
 まだ暗い中を我々を乗せたキハ102は、いつもと同じように車掌の笛の合図、ブザー合図がありエンジンの唸りをあげて伊集院駅を出発する。
 聞きなれたジョイント音が車内に響く。
 回ってきた車掌から乗車券を買う「永吉まで!」
 ダイヤ通りに日置で西鹿児島行直行と交換する。外はそろそろ白みかけてきた。
 列車は永吉に着き我々は下車し集札にきた車掌に切符を渡す。
 外はそこそこ明るくなってきた。
 発車していくキハ102をなんとか撮影することができた。
 下車したものは、我々のほかに同年代の3人組がいただけだった。
 他の鉄道ファンと思われる者たちは加世田に向かったか枕崎まで乗りとおして指宿枕崎線に乗り継ぐのだろう。
 南薩線訪問というより乗り潰しの一ルートとして利用している者がほとんどかなと感じた。
 また、大都会からの距離がありすぎるのか、それとも正式に廃止が決定していないからなのか、大挙して人が押し寄せるというようなことは無いように感じた。
 それでも今までの訪問時にくらべたら明らかに鉄道ファンとわかる者たちははるかに多い。


永吉駅を発車するキハ102

東奔西走(その1)

 キハ102がは走り去った後、「さあいきましょか!」と声を上げ同じ列車から降りた3人組に声を掛け、鉄橋の法へ続く道を歩き出した。
 3人組の中の1人が「考えている事はおなじですね。」と返事を返してくれ、その後我々と会話するようになった。
 しばらくして鉄橋のところに到着する。
 思い思いに構図を構える。
 当方は、石橋のアーチ部の中に列車を入れる構図にするため川の中に降りる。
 潮が引いていて思い通りのところまで入る事ができた。
 同行の者が石橋の上で3人組と会話をしていたら、当方に上がってくるように叫んでいる。
 早速、橋の上にあがり呼んだ訳を聞くと3人組は我々が住んでいる所と同じ地域から来ているとのこと。ビックリである。
 さらにそのうちの1人はとある駅前の写真店に勤めており、知人と一緒にその店に行った事があり以前に会っていたのだ。
 先方から「ひょっとして**さん?」、こちらからも「**さん?」一気に会話のテンションが上がった。
 同行の他の二人は国鉄の工場に勤めている者でその写真店の常客であることを紹介された。
 ほんとビックリである。
 5人で会話が弾んでいたが列車に時間が近づいてきたので思い思いのポジションに付く。
 タイフォンの音が聞こえ出し、ジョイントを刻む音、そして鉄橋に入った音、ファインダーの中にキハ301が入ってきた。一発勝負のシャッターを切った。
 橋の上に上がりしばらく会話に花を咲かせる。
 その後、我々は薩摩湖に移動することにしたが、3人組は同じ場所で撮影を続けるとのことなので分かれることになった。
 永吉の駅前に戻りくだりの列車を待っている間、加世田から薩摩湖までの列車が休校日運休であることを思い出し不安になってきた。(高校が春休みかどうか確認していなかった。)
 駅前の商店はすでに開いており伊作駅の電話番号を聞いて店の公衆電話から伊作駅に電話をしてその列車があることを確認した。一安心である。
 さっき撮影したキハ301が下り列車になってやってきた。
 望遠を使って永吉駅に入ってくるところを2カット撮影した。
 我々2人は、後ろの扉から乗り込み発車すると車掌から切符を買う。「薩摩湖まで!」
 通学列車である。車内には、薩摩湖に通学する生徒で満員である。先生と思われる人も乗っている。
 日常の生活を感じる事ができた。


永吉川鉄橋を渡るキハ301


永吉駅に進入するキハ301

東奔西走(その2)

 薩摩湖で通学生の流れに押されて下車する。
 生徒は高校の方に吸い取られるように歩き出す。
 我々には、初めて見る光景でも彼らには日常のあたりまえのことである。
 キハ301の発車シーンを撮影、その列車が伊作で離合する加世田発薩摩湖行きの列車の到着を待つ。
 撮影ポジションを探しているとタイフォンの音が聞こえ出す。続いてジョイント音も聞こえ出しキハ100形が通学生を満載して到着した。
 通学生の下車シーンを撮影し、「薩摩湖行」のサボを撮影する。
 3分間の間に運転士と車掌は折り返しの仕度を始め「加世田行」の列車になった。
 鉄道ファンの1人が列車に乗り込んだところ車掌が「次の駅までだがよいか?」と言っている。
 その鉄道ファンは、うなずいて車中の人になる。
 我々はその列車の発車シーンを撮影する。
 列車は一旦、伊作に向けて出発していった。
 通学生のいなくなった薩摩湖の駅には静けさが戻ったかというとさにあらず。
 何人かの鉄道ファンが残っていた。
 我々は、伊作へ向けて歩き出す。
 15分ほど歩いて伊作の駅に到着する。
 さっき薩摩湖で発車を見送った列車が時間調整のためエンジンをかけたまま停車している。
 伊作駅の待合室は鉄道ファンがたくさんいて話しに花を咲かせている。
 遠方から来ているファンもいるらしことが会話の内容から判かる。
 我々も数人のファンと一言二言話した。
 そうこうしているうちに時間も経ち伊集院行きの列車の時刻に近づいてきた。
 初めて南薩線を訪れた同行の者は加世田に向かい、当方はユースに朝帰りするため日置に向うため一旦別れることになり伊集院行きの列車の客となる。
 永吉を出発し鉄橋を渡るとき朝一緒だった3人組が違うアングルから撮影しているのが見えた。
 列車は、予定通り9時過ぎに日置駅に着く。
 この時間には、日置で上下の列車がありユースの宿泊者の出立列車にもなっている。
 駅では宿泊したホステラーを見送るため、ヘルパーや連泊するホステラーが、いわゆる儀式をしている。
 当方もその一団に加る。
 双方向の列車が動き出すと皆大きな声で「行ってらっしゃ〜い!」を連呼しながら手を振ると、車中からも「いってきま〜す!」の声とともに手が振られる。
 その光景は列車が見えなくなるまで続く。
 見送りがすみユースへの帰り支度が始まってヘルパーの一人が当方の存在に気が付いた。
 年末年始に訪問した時に同宿した者である。
 ユースへ帰る車に乗せてもらい再会を喜び合いあった。
 ユースへ到着し、しばらくの間休憩することにした。

 
薩摩湖駅にて

東奔西走(その3)

 ユースで一休みの後、西鹿児島直行の列車で伊集院に出るため日置駅に向う。
 やってきたのは300形の単行。
 そこそこ混雑していて座席は埋まっており立っているひとも結構いる。
 やはり県庁所在地へ乗換無しでいける列車は便利なのだろうか。
 一日たった3本しかなくても。
 当方も座る事ができないので最前部で展望を楽しむ。
 伊集院で下車して改札を出て駅前のラーメン屋で昼食をとる。
 昼食後、駅の待合室で熊本から「有明」で南下してくる高校時代の友人を待つ。
 その彼は、春休みで熊本に帰省していて、休み中に指宿の親戚宅に行く予定をしたいた。
 通常なら西鹿児島回りで行くのが時間的にも費用的にも有利なのであるが、南薩線の廃止のうわさをきいたこともあり一度枕崎回りで行くことを計画したので時期を我々の予定にあわせてくれたのである。
 予定通り「有明」で彼が現れる。
 待合室で話をしながら出札が始まるのを待つ。
 しばらくして出札が始まり切符を買う人の列に並ぶ。
 当方は、加世田までの切符を買う。
 彼は「鹿児島交通で枕崎まで」と言って枕崎までの切符を買う。
 伊集院では「枕崎まで」と言ったら南薩線の切符を出してくれるのであるが、よそものにはそのことが判らない。
 国鉄の駅で買うのであるから国鉄の経路が優先されると思うのも当然かもしれない。
 改札が始まりホームに入る。
 しばらくして西鹿児島でおりかえしてきたキハ300形が入線してきた。
 彼と2人で乗り込む。
 運良く同じボックスに2人とも座る事ができた。
 列車が発車すると初体験の彼は少しばかり興奮した様子で色々と聞いてくる。
 最初のうちは話をしていたが、日置を過ぎたあたりで、彼の「寝るなよ!」という言葉を最後に記憶がなくなっている。
 昨夜の車中泊と今朝の撮影などによる疲れに加え昼食後の満腹感や車窓から入る春の日差しによる気持ち良さで眠ってしまったようである。
 万の瀬川の鉄橋を渡るときの音で目をさました。
 加世田はもうすぐそこである。
 彼に詫びて加世田で降りる。
 枕崎に向けて出発する列車の中の彼に手を振って別れる。

 改札を出ると今朝伊作で別れた同行者がベンチに座って文庫本を読んでいる。
 今朝から加世田の雰囲気を十分満喫できたとのことであった。
 当方は今回始めての加世田である。
 駅の人に断って構内に入れてもらい思いつくままに撮影する。
 今まで何度も来ていることもあり新しい発見もなく同行者も疲れていることあり、次の上り列車でユースに入る事にした。
 日はまだ高く途中で1〜2本撮影できなくもないが疲れを取りたい気持ちがお互いに勝ってしまった。
 加世田仕立ての上り列車にのり日置をめざす。
 日置に着くとユースから迎えの車が来ていたので乗せてもらいユースに入った。
 今日の宿泊者の中にも南薩線目当ての旅行者が結構いる。
 夕食の後、就寝時間まで話がはずんだ。

  
加世田駅にて

東奔西走(その4)

 翌日(1983年3月23日)は朝から雨である。それも結構強く降っておりどんよりとしている。
 日中でも撮影するには光量が少ない。
 しかし、予定通り出発する事にする。
 9時過ぎのホステラー出発列車に乗るため日置駅に向う。
 撮影予定地の津貫に行くため出札で切符を買う。
 出てきた切符は、「日置から津貫」ではなく複数の駅名が記載されている切符で切符の一部を切断して「最下段の駅まで」という種類である。
 ビックリするとともにその区間への需要が少ないことを感じた。
 西鹿児島からのキハ301に乗り込み津貫を目指す。
 どんよりとした空気で雨の中を淡々と列車は進む。
 今日もいつもの乗客以外に鉄道ファンも見かける。
 伊作では離合なし。いつものように加世田では、大半の乗客が入れ替わる。鉄道ファンも大半が下車する。この天気では撮影もままならないだろうに。
 枕崎からの加世田止めの列車が到着し駅長からスタフを受け取ると出発準備が完了。駅長の出発合図を受け車掌が笛の合図乗車を促し乗車が完了すると扉を閉める。
 扉閉完了のブザー合図がなるとエンジン音が高鳴りキハ301は動き出す。
 同行者にとっては、初めて乗る区間である。
 ほどなく加世田隧道に入る。暗くはなるが隧道を抜けても天気のせいでパッと明るくなる感じはない。
 雨の中のローカル線、うらぶれた感じが車内にも伝わってくる。
 津貫で下車、車掌に切符を渡す。雨の降る中、枕崎に向けて発車するシーンを1カットだけ撮影して急いで駅舎にはいり雨宿りをする。
 我々以外に鉄道ファンの下車客はいない。我々は鉄道ファンの中でも異質みたいだと感じた。
 雨が降ってなければターンテーブルのところにいったりして構内をウロウロするのであるが、約40分後の上り列車を撮影する場所を探す以外は、ほとんど駅舎の中で時間をつぶす。
 駅舎の中のあちこちに目をやる。普段見もしないようなところにも目がいく。こんなものが残っているのかと感心したりする。時間が止まったようにも感じるし昭和30年代にタイムスリップしたと感じる事もある。
 考え方によってはものすごく贅沢な時を過ごしている。

東奔西走(その5)

 上り列車の時刻が近づき、雨の中、撮影地点に移動する。
 といっても津貫駅の上り方すぐのところにある鉄橋のところである。
 雨音に混じってタイフォンが聞こえ出す。続いてジョイント音も聞こえ出し一旦駅に停まるところが雰囲気でわかる。
 出発合図のタイフォンの音を聞いてカメラを構える。どんよりしているので開放でもシャッタースピードはどうしても遅くなる。
 ファインダーの中にキハ301が入って来た。1カットだけ撮影できた。
 撮影後、すぐに駅舎に戻る。雨だからしかたがない。今度の下り列車までの約40分を同じようにしてすごす。
 やってきた下り列車は、朝日置で伊集院行き離合したキハ100形の単行である。
 確かこのスジはキユニを連結した2両編成のはずであったが・・・(この辺の記憶は多少曖昧です。)
 乗車して動き出しと車掌が回ってきたので枕崎までの切符を買う。
 雨の中を列車は淡々と進む。
 鹿籠を過ぎ枕崎の街が近づいてくるといくらか明るい感じがしてきた。
 枕崎に着く。すぐに下車するが雨の勢いが強くなり撮影どころではない。
 改札を出て駅の待合室ですごすことにする。
 乗ってきた列車は折り返しの時間まで1時間以上あるのでエンジンを止めてしまった。
 アイドリングの音がないので雨音が強く感じなんともいえない寂しさが感じられる。
 昼食を買うため商店街に出てみたが思うようなのが見つからない。
 ほか弁屋を見つけたが開業準備中であった。
 結局、駅の待合室でパンと缶コーヒーで済ましてしまった。
 雨は弱まる気配はない。撮影も乗り気がしないが、それでも色々と構図だけは考える。
 そうこうしているうちに運転士が車両のほうへ移動しだした。発車の準備をはじめたようだ。
 そこへちょうどキハ100形の排気管が目に止まったので、エンジンをかけるときに出る排煙を撮影しようと思いついた。
 セルモーターの音がシュルシュルと聞こえエンジンが掛かると一瞬黒い排煙が出た。
 改札柵の上にカメラを置いてスローシャッターで1カットだけ撮影した。
 列車は定刻になると数名の乗客をのせ伊集院に向けて発車していたった。
 我々はこの後、約30分後の指宿枕崎線の列車に乗るため南薩線の発車を見送った。



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